誰かの人生を見届けたあとで
遺された空間やものから旅立った人の人生をたどる時間を過ごした1か月でした。
受け止めて、淡々と現実の手続き、お別れ、場所と物の整理が済んだ空っぽの部屋のドアを閉めて、これでこの人の今回の人生は終わったんだなと。
ほとんど知らない人の人生の最後にだけ関わることになったけれど、残された空間で目にしたり触れたりしたもので、何を好んで、何を大切にして過ごしてこられたのか、ひとりで暮らしていながらも他人想いな優しい方だった、我慢強い方だったのだろうなぁとか、直接会ったことも話したこともなかったけれど、過ごされた空間でお人柄や生き方って伝わってくるものなんだなぁと。会ったこともない二度と合わない人の事が記憶にだけ残るというとても印象的な体験でした。
数日片付けに通い最後に業者さんに来ていただき部屋が空になった時に、「とりあえず何でもいいから全部撤去してっていうケースがほとんどなんですけど、最後に人生をきちんと見届けてくれた方が立ち会ってくれてこの人もお幸せですね」という言葉をかけていただき、ほろっときました、私の役割が彼にも私のこれからの先の人生にも何かしらの意味がある出来事だったんだろうなぁと思えました。
もし、喪失の体験の渦中におられるとしたら、誰かの人生の終わりに触れることは思っている以上に心に負担がかかることは当然で自然なことだということを知っておいてください。心が揺れ動いたり、ぽっかりとした虚しさを感じたりするのは当然です。大変な中で役割を担っているとしたら負担もより大きく、湧き上がってくる感情を抑えて行動されたりしていたかもしれません。でも、ちょっと落ち着ける瞬間や時期がきたら、どんな感情も否定せず、湧き上がる気持ちを大切にしてあげてください。
見送った後のあなたもこれからの人生を歩む大切な存在です。 誰かの人生を見届けたことは決して無意味ではありません。経験を通して、自分がこれからどんな風に生きたいか、少しずつ見えてくることもあります。どうか、あなた自身を大切に。自分を労わる時間を持つことを忘れないでください。
悲しみや戸惑いは、言葉にすることで少しずつ軽くなります。信頼できる人に話すこと、自分を理解しようとしてくれる誰かとつながることは、気持ちを整える助けになります。もし話せる相手がいなければ、いつでもカウンセリングを頼ってください。
私はというと、やりきった日曜日と月曜日は、自分にできる一番優しいことづくしの連休にしました。
重責を終えて抜け殻みたいになっていた自分をしっかり労わってあげました。体も思っていた以上に疲れていたみたいで、寝れること寝れること笑
朝からゆっくりお風呂に入って、二度寝して、昼間から海外ドラマを一気見。ワインとチョコレートケーキ、好きなパスタを大盛で作ってモリモリ食べて、きな子とごろごろ。ときどき浮かんでくる記憶や、自分の過去の思い出に触れては、また寝落ちて、ぼーっとして…そんなことを繰り返していました。 バキッと気持ちを切り替えたというより、ぼんやりと“無”になっているうちに、少しずつ気持ちが昇華されていった感じです。ようやく、ぼちぼち自分の「今ここ」に意識が戻ってきました。
投稿者プロフィール
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- くれたけ心理相談室(大阪支部)住吉ルーム
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くれたけ心理相談室(大阪市支部 住吉ルーム)心理カウンセラー
天王寺からチンチン電車 (最寄: 帝塚山三丁目駅)で約10分 万代池公園ほとりの静かなルームで活動しています。英語対応も受け付けています。
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